2006年10月23日

大工調べ(師弟リレー)

志ん生志ん朝【大工調べ】(だいくしらべ)
【登場人物】
大工の与太郎
大工の棟梁=政五郎
与太郎が住む長屋の大家さん=源六
お奉行様=江戸南町奉行
【概要】
 大工の与太郎が店賃(たなちん=長屋の家賃)を滞納したので、その形に大家さんに道具箱を持って行かれてしまう。大工の棟梁が与太郎を仕事に誘うと、道具箱がないと云う。事情を聞くと四ヵ月分の店賃、一両と八百文の滞納。棟梁は持ち合わせの一両を与太郎に渡し八百文は働いて返す・・・と云う事なのだが、与太郎は口の利き方を知らないから、大家さんを怒らせてしまい、あと八百文持って来ないと道具箱を渡さないと云われてしまう。

  仕方が無いので、棟梁が大家さんに掛け合いに行くが、怒っている大家さんと喧嘩になってしまう。棟梁の政五郎は「お恐れながら」と、お上へ訴えてお白州の場面へ。お奉行様は足りない八百文を払わせて与太郎側の敗訴となる。

 これで終わってしまっては、噺が面白くない。道具箱を預かったと云う事は、質屋の資格である「質株(しちかぶ)」を持っているか? と大家さんは次の白州に於いて追求される。『質株』を持たずに二十日間も道具箱を預かるのは違法である。お奉行様は政五郎に二十日間の大工の手間賃を聞く。その三両二分を与太郎に払えと大家さんに命じる。で、与太郎側の逆転勝訴となる。

 お奉行様は、棟梁が大工の手間賃を多めに吹っかけたのを知っていて、「どうだ、儲かったであろう」。政五郎は、「へぇ。大工は棟梁。調べをごろうじ(ろ)」(細工は流々、仕上げをごろうじろ)とサゲる。

【資料音源】
@ゆめの寄席/第五夜上/TC-10559・・・三代目 春風亭柳好/1955年録音65歳/18:45
A古今亭志ん生名演集(五)/PCCG-00282・・・1960年12月録音70歳/15:17/この音源では、前半部分の大家さんと棟梁の喧嘩までが語られています
B志ん生/江戸物語付録CD/FOCG-90022・・・1963年9月4日LF放送分/27:17/前半志ん朝(25歳)、後半志ん生(73歳)の親子リレー落語。病後の音源なので、前半の志ん朝さんの生きのいい棟梁の啖呵と比べると、物足りなさを感じますが、偉大な匠の脳卒中後の口演です。ゆっくりとした語り口に、この噺はそう云うのじゃないんですけど、かつての人情噺的趣を感じます
C談志ひとり会一期四集/TC-10504・・・1966年9月13日収録30歳/31:24/「第10回ひとり会」/志ん朝さんと同様、棟梁の威勢のいい啖呵が売りですが、名人志ん生のモゴモゴとした語り口ながら味のある啖呵には、まだまだ敵いません

【雑感】
 場所は特に語られていないし、場所の重要性はありません。神田小柳町、のちに田代町に編入された小さな町と小島貞二さんは解説しています。

 特に意味不明な用語は語られてはいません。政五郎が「はらがけのどんぶり」と云いますが、寅さんが腹巻から五百円札しか入っていない財布を取り出すように、大工の棟梁のような人は、財布など持たずに適当に腹巻にお金を突っ込んでいます。「腹掛けのドンブリを探って一両あった」と語っていますが、厳密に云うとそんな事はあり得ないと思います。

 一両は8万円です。小判が一枚なのか、一分銀(2万円)が合計四枚あったのか、その他の金種なのか語られてはいませんが、半端が無くて一両だけ入っていたと云うのは妙な話です。一両八百以上あれば、この噺は成立しない訳で、八百文(16,000円)足りないと云う噺の構成にする為に、そのように作ったと思われます。四ヵ月分の店賃が一両八百。つまり4,800文。月に1,200文ですから24,000円です。二十日間の大工の手間賃三両二分は、28万円と云う事になります。

 大家の源六さんの弁護をしておきますと・・・。この大家さんは決して因業な大家さんではないのです。与太郎の口の利き方が問題なのです。「八百文は稼いで持って来ますと云ったのか?」「アタイがねぇ、一両八百のうち、一両持って来れば御の字で、八百はアタボーだと云ってやるとねぇ、大家さんはアタボーを知らないんでやんの。だからねぇ、噛んで含めるようにアタボーは、『あたりめーだべらぼうめぇ〜』だと説明してやった」「バカヤロ。それを向こうで云ったのか。それはこっちの内緒話じゃね〜か」ってんでね。こんな事を云われれば大家さんが怒るのも当たり前なのです。

 「大工は棟梁。調べをごろうじ(ろ)」とサゲるのですが、これが「細工は流々、仕上げをごろうじろ」の洒落だと云う事は判りにくい。演題の【大工調べ】と云うのは、サゲで「調べ」と語る事から来ています。落語が判りにくくなってきている理由は、生活様式の違いもございますが、日本語の発音自体が変わってきているからです。棟梁(とうりょう)を、志ん生師は「とうりゅう」と発音しています。
27:21
 データ・・・五代目 古今亭志ん生 明治23(1890)年6月28日〜昭和48(1973)年9月21日 享年83歳 前名=七代目 金原亭馬生 出囃子=一丁入り 紫綬褒章 勳四等瑞宝章 本名=美濃部孝蔵

 データ・・・三代目 古今亭志ん朝 昭和13(1938)年3月10日〜平成13(2001)年10月1日 享年63歳 前名=古今亭朝太 出囃子=老松 本名=美濃部強次 志ん生二男
ニックネーム 茶金 at 16:09| Comment(0) | 物置
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