2006年09月30日

幇間

幇間 幇間(たいこもち、ほうかん、たいこ)の噺を演らせたら、文楽師匠の右に出る噺家はいません。私が子供の頃には、文楽師匠は、元、幇間だったと思っていました。長じて調べてみると、幇間経験のある噺家さんは何人かいますが、文楽師匠は幇間だった経歴はないようです。

 「講談師、観て来たような嘘を云い」とのフレーズがあります。噺家は、江戸時代や明治・大正時代のドラマを一人で何役も演じます。この人は、本当にその職業をやっていたと思わせる話芸が要求されるのです。つまり、「噺家は、して来たような嘘を云い」でなければならないのです。

 素人が鰻を捕まえるしぐさはどのようにしたらいいのか?などを、何年も考え続けたのが文楽師匠です。熱中するあまり、電車の中で語ってしまい、乗客が大笑いしたと云うエピソードも残っています。

 大師匠たちは、それほどまでに懸命に努力をして、自分の話芸を完成させたのです。だから、私は、何度でも大師匠たちの音源を聴き続けます。それほど、聴かせる芸を持ってます。今の落語家と称する連中のモノは、30秒も我慢出来ません。
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ニックネーム 茶金 at 18:42| Comment(0) | 物置

2006年09月29日

松風院孝誉彩雲志ん生居士

松風院孝誉彩雲志ん生居士 この戒名は・・・まあ、五代目 古今亭志ん生って事です。改めて志ん生の記事を書こうとしたんですが・・・

 で、改めて書こうとしても・・・何を書いていいんだか根多が浮かばない。
 だって、今までに、散々っぱら書いてきちゃいましたからね。過去に書いたものと重複どころか、三重・四重くらいになってしまうので・・・ここは、大人しく、何も書かない事にしよう!

 で、志ん生師匠は、明治23(1890)年6月28日に神田で生まれて、昭和48(1973)年9月21日に、西日暮里の自宅で亡くなりました。晩年は、ほとんど寝たきりでしたが、同居していた長女の美津子さんが見に行った時には、布団の上で息を引き取っていたそうです。

 現在は、文京区小日向2-19-7にある「還国寺」に、妻のりんさん、長男の馬生(本名=美濃部清)さん、二男の志ん朝(本名=美濃部強次)さんと共に葬られております。

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ニックネーム 茶金 at 05:44| Comment(0) | 物置

2006年09月28日

しわい比べ

ケチ、リンショク、シワイヤ、アカニシヤ、ムイカシラズ・・・
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ニックネーム 茶金 at 05:19| Comment(0) | 物置

2006年09月27日

ブラバン

ブラスバンド

 ブラスバンド Brass band 広義において金管楽器を主体として編成される楽団。

 日本における一般的な用法としては、戦前からいわゆる吹奏楽団、特に学校や職場などのアマチュア吹奏楽団を指して用いられてきた。中学校では、「ブラバン」と略されるのが普通。

 欧文で「Brass band」の使用は明治期から、「ブラス・バンド」の語の使用は大正期から見る事ができる。大正13(1924)年の伊庭孝監修『白眉音楽辞典』(白眉出版社)では、「brass band」の説明に「真鍮楽器音楽隊。真鍮楽器を奏する楽士の集団。元来はreed 楽器を含む全軍楽隊とは区別したものである」と、brass band が金管楽器のみのバンドを指すと云う指摘がなされると同時に、吹奏楽を意味する一般的な用法が定着しつつある事を窺わせる記述がある。

 昭和初期から、救世軍や早慶戦に於ける応援の楽隊を、ブラス・バンドと呼んでいる例が新聞に見られるようになる。満州事変頃から職場、学校、青年団などでアマチュア吹奏楽団が増え始め、これらの楽団を指して「ブラス・バンド」と呼ぶ事が広まった。

 金管楽器=演奏者の唇の振動によって発声させる管楽器群の総称で、これは管体が主に真鍮(ブラス)で作られる事に由来する。広義には、発声原理を同じくする、木など非金属で作られた楽器も含む。通常「ラッパ」と呼ばれるもの。代表的な金管楽器は・・・トランペット、ホルン、トロンボーン等。

 木管楽器=管楽器のうち、金管楽器以外の物を総称して云う。通常「笛」と呼ばれるもの。代表的な木管楽器は・・・フルート、クラリネット、サキソフォン等。(出典=ウィキペディア)

 「金管楽器」と「木管楽器」を区分する事など、どうでもいいようなものですが・・・楽器の材質によるものではないと云う事を憶えて置いて下さい。「金管楽器」とは「ラッパ」の事であり、「木管楽器」とは、「笛」の事なんです。

 私は今でも憶えていますが・・・中学の音楽のテストで、以下に書いてある楽器を、金管楽器と木管楽器に分けろ・・・って問題があったんです。そんなどうでもいい様な事を教えるから、子供は勉強をする気が無くなるのです(´,_ゝ`)プッ
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ニックネーム 茶金 at 05:35| Comment(0) | 物置

2006年09月26日

渚の武蔵坊

渚の武蔵坊弁慶

 「海の日」と云う休日を制定したコンセプトはなんなのだろう?

 海の恵みに感謝をしようと云う事なのか?
 ・・・それとも、海に関連した科学的な事を学ぶ日にしようと云うのか?

 ・・・それに関連して、海洋資源開発を促進する日にしようと云うのか?

 ・・・それとも、海産物をたくさん食べる日にしようと云うのか?

 ・・・それとも、海水浴をして遊ぶ日にしようと云うのか?

 ・・・それとも、単に暑いから休みにしようと云うのか?

 ・・・それとも、それとも、それとも・・・。枝豆で、ビールを飲みながら、そんな事を考えているうちに終わる休日なのか・・・^^。
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ニックネーム 茶金 at 01:51| Comment(0) | 物置

2006年09月25日

寝床(野崎)


黒門町【寝床】(ねどこ)

【登場人物】
旦那(大家)
番頭(重蔵または佐平)
店の連中
定吉(小僧)
長屋の連中

【概要】
 世話好きで人情に篤いが、何の因果か、のべつ下手な義太夫を語りたがる旦那。店で義太夫の会を催すけれど、長屋の連中はあれこれ理由をつけて集らず、店の者さえことごとく仮病を使う始末。

 旦那はむくれかえって、長屋はみんな店立て、奉公人にも暇を出す、「あたしはもう寝ます!」と引っ込んでしまった。

 これは穏やかじゃないってんで、番頭が長屋を口説いてまわり、旦那をなだめ、どうにか円満に開会の運びとなる。

 ところがいざ始ってみると、旦那が御簾(みす)うちで夢中で語っているのをいい事に長屋の衆は、「これだけ良い酒と肴がそろって、これで義太夫が無けりゃあ云うこたぁねえ」などと云いたい放題。挙句の果ては酒がまわって、ごろりごろりと寝入ってしまう。

 あまり座敷が静かだから一つ様子を見てやろうと御簾をめくった旦那、この有様を見て激怒するが、小僧が一人泣いている。
「ほう、感心だ。どこが悲しくて泣いているんだ?」と聞くと、旦那が語っていた場所を指す。
「何で、あそこが悲しいんだ」
「あそこが私の寝床なんです」

【資料音源】
@NHK落語名人選(42)六代目 三遊亭圓生/POCN-1082・・・昭和53(1978)年録音(78歳)/31:00

【雑感】
 文楽師匠は、演目数を絞って、一つ一つのクオリティを高めた噺家さんですから、残っている30数演目の全てが、十八番と云えるのですが、その中でも、この「寝床」は、18番中の18番、合わせて36番とも云える演目です。志ん生師匠も「寝床」は演っていますが、この演目に関しては黒門町に敵わないと思われたのか、まったく別のスタイルにしちゃってます。

 上方落語では、「成田」は「六甲山」。「義太夫」は「浄瑠璃」として、鶴光などが演ってます。
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ニックネーム 茶金 at 03:01| Comment(0) | 物置

2006年09月24日

愛宕山

文楽【愛宕山】(あたごさん)

【登場人物】
一八(いっぱち=幇間)
旦那
繁造(旦那のお供)

【概要】
 早蕨(さわらび)の 握りこぶしを 振り上げて 山のほおづら 春風ぞ吹く(蜀山人)

 幇間の一八を供に連れて東京から上方へ来た旦那。京都で遊んでいるうちに思い立ち、愛宕山へ登る事になる。山登りなんて朝飯前ってんでねっ、登り始めるが、普段運動などとは無縁の幇間、登れる訳が無い。供の繁造に助けてもらい何とか、先に登った旦那が待つ茶店まで辿り着いた。

 茶店で一休みすると、旦那は愛宕山名物の土器(かわらけ)投げを始めます。 旦那の腕はなかなかのもので、次々と的の輪を通過しますが、やがて旦那は土器の代わりに小判を投げ始めます。一八は気が気じゃない。「しゃれになりませんよ旦那。投げるんなら、私を的にして下さい」

 三十両の小判は、一枚も的の輪をくぐらず旦那はくやしがりますが、一八はそんなことより小判はどうなるのか聞くと、拾った人のものだと云われ、茶店から傘を借り谷底へ飛び降ります。小判は回収したが、「どうして登る〜。欲張り〜。狼に食われて死んでしまえ〜。先に帰るぞ〜」。「待って下さいよ〜」

 さあどうする一八! 着物を引き裂いて縄を作り、嵯峨竹に絡めて、竹の弾力を利用して、ヒラリと旦那のところまで駆け上がった。

 「ただいま帰りました!」
 「えらいやつだな! きさま、生涯贔屓にするぞ!」
 「ありがとう存じます」
 「金はどうした!」
 「あっ、忘れてきた」

【資料音源】
@八代目 桂文楽 落語全集第一集/SHO-KB01・・・昭和28(1953)年12月13日(61歳)20:05/ラジオ東京スタジオライブ
A落語塾 第三回 音盤弐/FOCG-2655・・・?22:11
B落語名人会3/古今亭志ん朝(3)/SRCL-2783・・・昭和53(1978)年4月6日(40歳)/三百人劇場

Aの音源のデータは、保田武宏さんが@と同じものとしているのですが、出囃子や長さが違いますので別音源です。ホール落語のような音、声の感じからして、1964/5/31の東宝名人会のモノと思われます。

【雑感】
 愛宕山は現京都市左京区上嵯峨北部にある標高924メートルの山。東京の港区芝にある愛宕山は、海抜45メートルの丘だが、京都の愛宕大権現を祀っている。だから本来は「あたごさん」と云うべきなのだが、「あたごやま」と呼び習わしている。NHK発祥の地として、「あたごやま」で通っている。

 京都の山の噺であるから上方落語である。三代目 三遊亭圓馬(昭和20年没)が、東京に持って来たものを、圓馬に師事した文楽が受け継いだ。上方落語では、繁造は繁八(しげはち=幇間名は東京は一八、上方は繁八が普通)となる。また、志ん朝さんの土器(かわらけ)投げは、輪をくぐらせますが、文楽師匠のは的に当てます。小文枝師匠などの口演では、旦那が投げて的に当った時に、お囃子か前座が鉦を鳴らします。この方が、クレー射撃のようで面白いと思うのですが、実際の愛宕山ではどのようなスタイルなのか・・・私も一八同様、登るのがしんどいので調査はしていません。

 この演目は、力む演技が多いので、晩年狭心症の発作があった文楽に、この演目のドクター・ストップが掛かった。だが黒門町はそれを聞き入れず、最後の年まで上演した。
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ニックネーム 茶金 at 03:56| Comment(0) | 物置

2006年09月23日

ダイアモンドヘッド

ダイアモンドヘッド

 オアフ島の南東の端にある、入り江を囲む岬だ。

 夏と云えば・・・もちろんベンチャーズ!
 「ダイアモンド・ヘッド」は、昭和40(1965)年のヒット曲だから、東京オリンピックの翌年だ。

 ベンチャーズ以前には、エレキ・ギターなんか持っていようもんなら、それだけで「不良」と云われ た。

 でも、ベンチャーズが「テケテケテケテケ・・・」とやってくれたお陰で、エレキ・ギターと云うのは、おもしろい音が出る楽器と云うイメージが定着して、やっと、エレキ・ギターが市民権を得たような気がします。
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ニックネーム 茶金 at 06:18| Comment(0) | 物置

2006年09月21日

清水健太郎

清水健太郎 俳優の清水健太郎に懲役10月求刑 初公判、起訴事実認める
                             2009年1月14日(産経新聞)

  東京・浅草の路上で乗用車を運転中に男性をはね、けがをさせ逃走したとして、自動車運転過失傷害と道交法違反の罪に問われた俳優、清水健太郎被告(56)=本名・園田巌=の初公判が14日、東京地裁(秋吉淳一郎裁判官)で開かれた。清水被告は「間違いありません」と起訴事実を認めた。検察側は「芸能界復帰を控えた自分の都合を優先させた卑劣な犯行」と懲役10月を求刑、弁護側は寛大な判決を求めて結審した。判決は1月28日。

 清水被告は被告人質問で「判断力のなさ、被害者への思いやりのなさがありました」と述べた。

 起訴状によると、清水被告は昨年10月27日午後、東京都台東区の都道交差点でで乗用車を運転中、左折した際に自転車で交差点を横断していた男性と衝突。男性の胸などに軽傷を負わせそのまま逃げた。

 清水被告は同月30日、自ら浅草署に出頭した。

 清水被告は昭和51年、「失恋レストラン」で歌手デビューし、その後、俳優として活躍。これまで覚醒(かくせい)剤を使用したとして覚せい剤取締法違反罪などで実刑判決を受けている。

 データ・・・清水健太郎 本名=園田巌(そのだいわお) 昭和27(1952)年10月11日〜 福岡県小倉市(現北九州市小倉北区) 足利工業大学卒業

 清水健太郎さんは、昭和30年代の、裕ちゃん(石原裕次郎)や、旭(小林旭)のような、いわゆる骨のある男性アイドルが出て来なくなってしまって、なまこアイドルばかりになってしまった時代に、彗星の如く現れた、やんちゃイメージを持った歌手だったと思います。

 「失恋レストラン」を作った、つのだひろ氏は「あの野郎。俺が作った曲を無茶苦茶に歌いやがって・・・」と云ったそうですが・・・とにかく、昭和52(1977)年のレコード大賞最優秀新人賞を受賞しましたが・・・それはあくまでも、時代に喝を与えた話題性であって、歌の上手さではなかったと思います。

 案の定、歌手としては一発屋で終わり、その後、大麻や覚醒剤使用で四度の逮捕はありましたが、Vシネマでのヤクザ役は、本物以上に本物らしい演技をし、一部にはファンもいました。しかし、今回のひき逃げは・・・男らしくないだろう! 大麻や覚醒剤なら、暴力団の資金源になるって以外は、他人に迷惑を掛けず、自分の身を痛めるだけなんだから・・・法律で規制されている以上、いいって訳じゃないけれど・・・ひき逃げとは犯罪の意味が違います。

 今回は、前科四犯の上ひき逃げじゃ、実刑は免れないでしょうが・・・それ以上に、卑劣な人間としてファンから見捨てられてしまうと思います。

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ニックネーム 茶金 at 06:19| Comment(0) | 物置

2006年09月16日

Tears in Heaven

クラプトン アン・プラグド・・・つまり、エレキ・ギターのプラグを抜いたと云う意味だ。

 で、ギターにマイクを付けて電気で音を増幅しないから・・・アコースティック。

 1992年のグラミー賞曲だ。マーチン・ギターがいい音を出している。クラプトンほどのテクニシャンが、押さえ気味にアコギを弾くから、マーチンの音が生きる。日本の、ろくすっぽギターが弾けないジャリタレが、高いギターを弾いているのをテレビで見るに付け、ギターに対して失礼だ!と云う思いがしてならない。
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ニックネーム 茶金 at 18:07| Comment(0) | 物置

2006年09月15日

義理堅い男

柳昇 「日本で柳昇と云えば、今や私一人でして・・・」と云うフレーズを使っていた噺家さん。

 大師匠たちと、次の四天王たちの間の世代の、云わば不毛地帯の噺家さんだ。と、云っても、小さん師匠や文治師匠は別です。(表現が上手く出来ないので、このような書き方をしてみました)

 若い頃は、二ツ目連中がお遊びをやったテレビ番組「お笑いタッグマッチ」の司会などをやっていた。

 噺家としては、どうと云う事も無い存在で人気も無かった。しかし、長くやっていると、いつかは陽の目を見るもんで、晩年は、飄々とした語り口が、特に若い女性に受けて、元祖癒し系の落語家のお爺さんとして人気があった。

 弟子の昇太と一緒にNHKのバラエティ番組にも出ていた。その後、小三治にご隠居役が変わった。

 この人の噺を落語に含めてしまうのは、どうしても抵抗がある。漫談としては評価するが、落語としては、最下位に位置付けせざるを得ない。活舌も悪いし、なんで、こんな人が噺家をやってたのか不思議なんだが・・・長くやってて、陽の目を見たタイプだ。もちろん、弟子の昇太にしても同じ事。
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ニックネーム 茶金 at 04:30| Comment(0) | 物置

2006年09月14日

青い影

ウィリーネルソン 云わずと知れた、プロコルハルムのヒット曲だ。こんな難しい曲をカバーしようなんて云う歌手は滅多にいない。

 もちろん、ウィリー・ネルソンなら別だ。あれほどの歌唱力があれば、どんな曲だってウィリーのスタイルにしてしまう。

 他の歌手ならアルバムの穴埋めに、お座なりにやっちゃうところを、ウィリーは、「青い影」と云うタイトルで堂々とCDアルバムを出している。途中、低い声で歌っているのは、40年来の盟友だった、故ウェイロン・ジェニングスだと思います。
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ニックネーム 茶金 at 14:18| Comment(0) | 物置

2006年09月13日

甚兵衛の一生

中島らも 中島らも 昭和27(1952)年4月3日〜平成16(2004)年7月26日 享年52 本名=中島裕之 兵庫県尼崎市出身の小説家、戯曲家、随筆家、俳優、コピーライター、広告プランナー。ペンネームの「らも」の由来は、無声映画時代の剣戟俳優、羅門光三郎から。当初は仲間内で「らもん」を名乗っていた。

 多才な活動ぶりの一方で、アルコールやドラッグの常用による心身の衰弱は中年期以降完治に至る事はなく、医師に「死なないのが不思議」と評されるほどの状態だった。慢性化した躁鬱病によるトラブルも度々起こし自らも言動の異常さを自覚しながらそれでも奇行を繰り返すような精神状態にあった。

 飲食店を出る際に階段から転落して全身を強く打ち、神戸市内の病院に入院。転落時に頭部も強打しており、脳挫傷による外傷性脳内血腫のため死去。「俺は階段から落ちて死ぬ」と、本人は予言していたと云う。(出典=ウィキペディア)
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ニックネーム 茶金 at 13:50| Comment(0) | 物置

2006年09月12日

鯉のぼり

三輪車 以前のHP(ホームページ)時代なら、一ヶ月くらいページを更新しなくたってどうって事はなかったのだが・・・ブログってのは、ネット上の日記と云うコンセプトらしいので・・・毎日ではなくても、週に何本かはコンスタントに記事を書くのが本来の姿なのでありましょう。

 そこで問題になって来るのが・・・何年かひとつのブログを続けて来ると、季節的なテーマなどは、毎年同じな訳ですから、どうしても記事がマンネリ化してしまいます。すぐ近くに迫った、ゴールデンウィークの根多などは、今までに記事を何本も書いちゃってる訳で・・・

 歴史考証をして、新たな事が見付かる訳でもないし、同じような記事はブログ上に溢れかえっている訳で・・・今更書く事なんかありません。

 だからと云って、浜辺に打ち寄せる波は、一つとして同じじゃないように、同じ日なんか無いんです。

 例えば、端午の節句に関する歌は・・・「背比べ」と、「屋根より高い・・・」と云う歌詞の、カタカナで表記する「コイノボリ」と、「甍(いらか)の波と・・・」の歌詞の「鯉のぼり」くらいしか知りませんが・・・そのどれも、過去の記事で取り上げちゃったからと云って、新たに記事が書けない・・・と思ったら大間違いで・・・このようなアプローチで、記事を書いちゃうと云うインチキもありますねぇ。
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ニックネーム 茶金 at 13:36| Comment(0) | 物置

2006年09月11日

石松閻魔堂の瞞し討ち

虎造 ♪男伊達 渡り鳥かよまた旅かけて 苦労するのも人の為 義侠の二字で世を送る 鬼をも挫く気性だが 弱い者にはつい負ける 心しみじみ瞼の裏にゃ 人の情けに泣く男 さて小松村七五郎 連れ添う女房がしっかり者よ 女ながらもヤクザの女房 お民度胸の物語

 バクチ打ちのお守りは、俺んトコから出てんだぞ〜!


 二代目 広沢虎造データ
 明治32(1899)年5月、東京・芝白金生れ。本名は山田信一。(TBSアナウンサー=山田二郎は、虎造の二男)
 19歳の時、大阪に行き、二代目 広沢虎吉に入門。初代 虎造が、三代目 虎吉を襲名したのを期に、23歳の時、二代目広沢虎造を襲名した。大正12(1923)年に上京し、講談の神田伯山の十八番、「清水次郎長伝」を浪曲にして、一躍人気を得た。昭和39(1964)年12月、65歳で他界。
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ニックネーム 茶金 at 00:55| Comment(0) | 物置

2006年09月09日

七つの子

 七つの子 野口雨情が作詞、本居長世が作曲した歌。日本の童謡の中でも、最も広く知られた名曲のひとつ。大正10(1921)年、児童文学雑誌『金の船』の7月号に発表された。

 野口雨情が、なぜ詩の題材として、カラスを選んだのか。黒い鳥のカラスが鳴くと、不吉な事が起きると云う古来からの迷信があり、そのためカラスは「不吉な鳥」として嫌われてきた。そのカラスの鳴き声を、子煩悩な親鳥の呼び声として表現したもので、雨情らしい暖かな視線を注いだ詩と云える。

 1980年代にはお笑い番組で替え歌が流行した。野口雨情の故郷の茨城県北茨城市の磯原駅では発車メロディに使われている。(出典=ウィキペディア)
カラス
烏 なぜ啼くの
烏は山に
可愛い七つの
子があるからよ

可愛 可愛と
烏は啼くの
可愛 可愛と
啼くんだよ

山の古巣に
行つて見て御覧
丸い眼をした
いい子だよ
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ニックネーム 茶金 at 16:15| Comment(0) | 物置

2006年09月08日

千早振る

千早太夫
千早振る 神代も聞かず 竜田川 唐紅に 水くくるとは


 小倉百人一首の中の、在原業平の歌。この歌の意味を娘に聞かれ、困った男が近所に住む自称『物知り』の隠居のところへ意味を訊きに行く。ところが、隠居もこの歌の意味を知らないので、困った隠居は、即席で話を作りその場を取り繕う。

 江戸時代、相撲取りの『竜田川』が吉原へ遊びに行った際『千早』と云う花魁に一目惚れした。ところが千早は力士が嫌いで振られてしまう(『千早振る』)。

 振られた竜田川は妹の『神代(かみよ)』にアタックするが、こちらも云う事をきかない(『神代も聞かず竜田川』)。

 竜田川は力士を辞めて、実家に戻って家業の豆腐屋を継ぐ。それから数年後、竜田川の店に一人の女乞食が訪れる。「おからを分けてくれ」と云われたのであげようとしたが、その女乞食の顔を見て驚いた。千早太夫の成れの果てだった。怒った竜田川はおからをあげる事は出来ないと云い、千早を突き飛ばす(『からくれないに』)。

 千早は井戸のそばに倒れ込み、こうなったのも自分が悪いと井戸に飛び込み入水自殺を遂げた(『水くぐる』)。

 最後の『とは』って何だ!と突っ込まれて、「『とは』は千早の本名だ」とサゲるのが普通。

 本当の意味
 「千早振る」=『神』にかかる枕詞(まくらことば)
 「神代も聞かず」=神代、つまり大昔にも訊いた事が無いだろう
 「竜田川」=奈良県生駒郡を流れている川の名前
 「唐紅に水くくるとは」=からくれない《舶来の紅の意》鮮やかな濃い紅の色。くくり染め(しぼり染め)の事

 『紅葉が竜田川の川面に写り、くくり染めのように見えている。こんな事は今までに一度も無かっただろう』

 ちなみに、古今和歌集には、この歌の但し書きとして・・・『二条の后の春宮の御息所と申し上げるときに、御屏風に竜田川に紅葉ば流れたるかたを書けりけるを題に詠める』・・・とあるので、業平本人は竜田川を実際に見た訳でなく、屏風絵からその様子を想像して詠んだもの。(参考=ウィキペディア)
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ニックネーム 茶金 at 19:11| Comment(0) | 物置

2006年09月07日

青年日本の歌

昭和維新の歌 作詞作曲=三上卓

(壱)汨羅の渕に 波騒ぎ            汨羅(べきら)・・・中国の川
    巫山の雲は 乱れ飛ぶ         巫山(ふざん)・・・四川省の県
     混濁の世に 我立てば
      義憤に燃えて 血潮湧く

(弐)権門上(かみ)に 傲(おご)れども   権門(けんもん)・・・権力者
    國を憂うる 誠無し
     財閥富を 誇れども
      社稷を思う 心無し          社稷(しゃしょく)・・・国家

日の丸(参)嗚呼人栄え 國亡ぶ
    盲(めしい)たる民 世に踊る
     治乱興亡 夢に似て
      世は一局の 碁(ご)なりけり

(四)昭和維新の 春の空
    正義に結ぶ 丈夫(ますらお)が
     胸裡百萬 兵足りて
      散るや萬朶(ばんだ)の 櫻花

(伍)天の怒りか 地の聲か
    そもただならぬ 響あり
     民永劫の 眠りより
      醒めよ日本の 朝ぼらけ        朝ぼらけ・・・夜明け

(六)功名なんぞ 夢のアト
    消えざるものは ただ誠
     人生意気に 感じては
      成否を誰か 論(あげつら)う
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ニックネーム 茶金 at 20:35| Comment(0) | 物置

2006年09月05日

中村仲蔵

中村仲蔵 澤村淀五郎に演技を教えた、中村仲蔵の駆け出しの頃の噺。

 参考=当時の役者の階級・・・下立役(稲荷町)−中通り−相中−相中上分−名題下−名題

 客が、笑いもせずシーンとして固唾を呑んで聴いている。咳払いさえ堪えようとしている筈です。クラシックのコンサートと同じです。志ん生の語りに酔っているのです。

 マクラ部分では、幾つかのクスグリを入れて笑わせてますが、志ん生にとっては、そんな事はどうでもいいんです。志ん生は、いつでも客を笑わせる技術を持ってます。ゲラゲラ笑わせる噺は、もちろん志ん生は最高級に上手いです。でも、志ん生の本質は、それじゃないんです。

 志ん生が目指したのは、圓朝や四代目 圓喬の語りです。つまり、笑わせずに聴かせる落語なんです。志ん生に対しては、「タップリ!」は、むしろ失礼だと思います。「タップリ!」は、確かに落語に於いては、最上級の掛け声なんですが・・・それには、上手い話芸を、タップリ聴かせてくれ!と云うニュアンスがあるんです。最高級レベルの一歩手前にいる噺家に掛けるものです。

 志ん生レベルの噺家さんは、黙って迎えなくてはいけません。なにせ、「俺の噺に満足出来ない方がおかしい」と云うような、話芸を持っているし、その話芸に関しては絶対的な自信を持っています。そんじょそこらの稽古量の少ない自信の無い落語家とは違うんです。

 志ん生の話芸は、それを超えたところにあるんです。いろんな音源の中には、志ん生の一丁入りの出に対して「大統領!」だなんて云う掛け声を掛けているのがあります。そんなド素人は、寄席から摘み出されてもおかしく無いほど、失礼なんです。

 志ん生フリークの私ですから、このような事は、延々と書いてしまいます。でも、この演目とは関係ないので、この辺で止めます。どうぞ、タップリ^^お楽しみ下さい^^
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ニックネーム 茶金 at 08:28| Comment(0) | 物置

2006年09月04日

夜店風景

ベナ? ○○詐欺には気を付けましょう・・・

 データ・・・六代目 三遊亭圓生 明治33(1900)年9月3日〜昭和54(1979)年9月3日 享年79 前名=六代目 橘家圓蔵 出囃子=正札附 本名=山崎松尾
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ニックネーム 茶金 at 23:48| Comment(0) | 物置

2006年09月03日

林家正蔵

林家正蔵 【一眼国(いちがんこく)】

【登場人物】
六部(ろくぶ)=六十六部の略で巡礼の事
香具師(てきや)の親方
一眼国の奉行

【概要】
 巡礼が香具師の親方の所へ泊まる。巡礼さんは諸国を巡ってるんだから、何か珍しいものを見ないかねえ、見世物に出したいんだが・・・。

 江戸から東へ三日ばかりの所で一ツ目の女の子を見ましたがねえと云う。早速、親方は探しに行く。見つけて、さらって行こうとすると、村人に捕まり奉行所へ。お白州で見回すと、みんな一ツ目。お奉行様は、親方を見て、「何だ? こヤツ! 二ツ目だぞっ! 珍しいから見世物に出そう」

【資料音源】
@古今亭志ん生名演集/PCCG-00319・・・昭和36(1961)年頃(71歳)9:45

【雑感】
 見事な逆転劇。一ツ目の国では、二ツ目が見世物になる。上方落語では「万国島めぐり」と云う演題。
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ニックネーム 茶金 at 16:31| Comment(0) | 物置

2006年09月02日

星が降る

☆星の降る夜は あなたと二人
踊ろうよ
流れるボサノバ 触れ合う指先
ああ 恋の夜
いたずら夜風が 頬にキスしても
二人は
何も云わないで 瞳見つめ合う
あの街角

月の青い夜は 二人であてなく
歩こうよ
そよぐプラタナス 二つの靴音
ああ 恋の夜
いじわる夜霧が 行く手邪魔しても
二人は
何も云わないで 微笑みを交わす
あの街角

風の香る夜は 朝まで二人で
話そうよ
揺れてるキャンドル 寄り添う肩先
ああ 恋の夜
焼き餅夜露が 頬を濡らしても
二人は
何も云わないで 口付けを交わす
あの街角
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ニックネーム 茶金 at 00:24| Comment(0) | 物置

2006年09月01日

星条旗よ永遠なれ

白頭鷲 スーザが作ったこの曲は、米国の第二の国歌なのかなぁ・・・

 兎に角、米国には、第二の国歌とも云えるものが数十曲はある^^。日の丸や君が代が駄目だなんて云っている国籍不明の連中とは大違いだ。

 米国の植民地支配が未だに続いている自治権の無い日本において、唯一ここは日本である事を主張出来るのが、日の丸であり君が代ではないのかねぇ・・・

 日本よ!「白頭鷲」になれっ!(by 藪白洲次郎)
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ニックネーム 茶金 at 00:29| Comment(0) | 物置